なんでも、“酒井健治(けんじ)”さんという作曲家が、なにやら大きなコンクールでグランプリを受賞したとか。
どこかで聞いたことのある名前だと、すぐにピン!ときました。
古い競馬ファンの方ならご存知かもしれませんが、
そう、“酒井健二(けんじ)”=“仁平健二”
一昔前の、中央競馬のジョッキーです。
オイラが所属していた鈴木厩舎の所属騎手で、“鉄人”増沢末夫騎手の弟弟子であります。
参照:
http://data.keiba.tw/jocky.php?kisyucode=00571&p=1“仁平さん”には、オイラも一年半ほどお世話になりましたが、彼が競馬界を去って15年が経ちます。
実は、彼に引導を渡したのは、オイラの担当馬でありました。
そろそろ騎手引退の潮時だった十数年前の初夏。
オイラの元に、他厩舎で手に余した暴れ馬がやってきました。
当時、現役騎手だった“仁平さん”は、この馬がレースでしでかした暴挙を目撃しており、オイラに気をつけるようにと、忠告してくれ、検疫解放を手伝ってくれました。
馬場を見るだけで豹変して“バカつく”という馬で、検疫解放の時点で、通り道の南馬場を見たとたんに、案の定“バカ”ついて七転八倒。
先が思いやられたものですが、その後は“仁平さん”とオイラが、誰もいなくなった馬場で付きっきりで調教し、なんとかゲート試験も合格して、夏の新潟競馬で再デビューの運びとなったのです。
ここまで数か月、必死に付きっきりで調教した悪癖馬だったので、もちろん“仁平さん”は、自分がレースも乗れるものだと思っていたのですが、、、
レースは非情にも他の騎手で…
これにはオイラも、、、
『非常に非情だな(^_^;)』
と、“仁平さん”に慰めの言葉をかけるのが辛かった。。。
しかも、レースは一年半の休養開け(悪癖矯正)にも関わらず、なんと特別レースを完勝!!
これでは、さすがの“仁平さん”もいたたまれない。
(さぞかし、プロとして面白くなかったことでしょうね)
この悪癖馬、二走目は化けの皮が剥がれて、パドックで花壇をぶっ壊して控え室に乱入しかける暴挙に出た後、ダートのレースにも関わらず、芝のコースを返し馬して馬場ならしのおばちゃんを震え上がらせていました(^_^;)
この悪癖馬は、その後引退に追い込まれましたが、時を同じくして、“仁平さん”も競馬界を去りました。。。
我が家の娘が生まれた夏の出来事です。
(この話で『優駿エッセイ大賞』に応募しました)
そんな“仁平さん”で重賞を勝ったのが、厩舎の基礎牝馬である“ダイナフェアリー”
その娘である“セプテンバーソング”も晩年はオイラの担当となり、“仁平さん”と共にローカル周りをしていました。
しかし、この馬も勝負掛かりの得意の新潟(地下道悪癖(孫のマエストラーレにも隔世遺伝)のため、当時地下道の無い新潟でしか勝利しませんでした)では、他の騎手に乗り変わりました。
なんだか、当時から世知辛かったね(^_^;)
そんな“ダイナフェアリー”の孫(“セプテンバーソング”の姪で、“マエストラーレ”のなんだ??)である“カラドリウス”が、人気薄にも関わらず4着に好走!!
因縁の“新潟競馬場”でのレースでした。。。